終止符

人間の中で始めて牛乳を飲んだ人はすごい勇気ある、好奇心旺盛なヤツだったと思う。
肉を食べるって言うことは、ライオンや熊だって食べるんだからオレも食べてみようという気持ちにもなると思うが、生まれた子どもに飲ますべき乳を人間が子牛から奪い取って飲むのである。初めて飲んだ人は容器に乳を入れて飲んだのだろうか、それとも牛に抱き着いて飲んだんだろうか…

サロマ町は平坦な土地が少なく、オホーツク海高気圧の影響をまともに受ける冷涼な気候でもあり、所得の安定向上を目指して有畜農業を推進し、かつては多くの農家で水田、畑作と酪農との混合農業が主流だった。(今では酪農、畑作の大規模専業化が進んでいる)
タケダの家では昭和30年頃から牛を飼っている。今では搾乳頭数7頭、育成牛5頭ほどとサロマで一番小規模な酪農家で、もちろんミルカー(搾乳機械)はあるが、パイプラインにはなっておらず、牛乳のいっぱい入った重たいミルカーを運んだり、バンクリナー(糞を自動的に外に排出する機械)も整備していないので一輪車に糞を入れて運んでいる。

牛が乳を出すには出産しなればならない。人工受精と言う方法で牛は、毎年妊娠させられ出産するのだが、タケダが初めて出産シーンに立ち会わされたのは高校1年生位の時だったと思う。
7頭の大人の牛を飼っていれば一年に7回程度の出産があることになり、そのほとんどに人間が立ち会い、母牛から出てきた子牛の足にロープを縛り付けて引っ張って出産させるのだが、やはり父さんも母さんも子牛が生まれそうになると急に慌ただしくなり、子供心にドキドキしてきて牛舎に入ってみたくなるのだが、中学生まではどういう考えか分からないが、「入るな」と言われた。

初めて出産の手伝いをたのむといわれた時は突然にやってきた。
ドキドキしながら牛舎へ入った。母牛が苦しそうに息遣い荒く、重く低い声を出している。父さんも母さんもすでに引っ張っている。牛も自分の呼吸に合わせて踏ん張りをかけている。その牛の呼吸に合わせて「それ!ふんばれ」「がんばれ」「あわてるなょ」「よいしょ!」「もうすこし」「よいしょ」タケダも自然とロープを引っ張る手に力が入る。さながら牛の呼吸に合わせての綱引きである。
足に続いて顔が出てくる。「よし!もうすこしだ!」「そぅれ!」生まれた!!
何度経験しても感動するシーンである。牛の呼吸と人間の呼吸を一つにして、そこには人間と生産手段としての牛関係ではなく、まさしく、人間と生き物としての牛の姿があり、酪農は人間と牛とが生命の神秘を通じて一体となることのできる、人間の生き方として誇りある職業であると思う。

雌牛は後継牛として残され飼育されるが、雄牛は生まれて1週間ほどすると肉牛肥育農家に売られていく。乳の出の悪くなった牛も売られていく。どんなに家計に貢献しても死ぬまでは飼ってもらえないのだ。時には非情にもならなければならない厳しい職業でもある。
2001年に乳製品の輸入が自由化となるなど、酪農情勢は厳しい。毎年乳価は据え置かれ、多頭化飼育などでコストダウン、経営の合理化を図っていかなければ生き残れない時代を向かえている。
そして、今年(1999年)9月で父さん母さんは牛飼いに終止符を打つ。
長い間ごくろうさまとねぎらいの言葉をかけてあげたい。