麦藁帽子

タケダが子どもの頃、一年間で一番楽しいのは夏休みの時期だった。
セミが鳴き、キリギリスが鳴き、ジリジリと照りつける太陽の下で、釣りと昆虫採集が大好きで朝から自分の影が背高ノッポのおかしな影となる日暮れ時まで外で遊んでいた。
釣りは近くの用水路でウグイを釣っていたが、時々川ガニがかかったこともあったり、最悪なのはドジョウが釣れたときだった。元気に回り飛び跳ねるように暴れるドジョウをつかんで口から針を取るのは気持ちが悪く至難の技だった。

小学校の高学年になると自転車に乗って3キロほど離れたサロマ別川の水門で釣りをした。サロマ別川は町内を流れる一番の河川で、当時は泳いだりイカダを作って浮かべたり、石切りのできる川で、遊び場であり炊事遠足などにも利用されていた。この水門は一番の釣り場で20センチ以上もあるウグイが釣れて、友達と釣った魚の大きさ比べをやっていた。
釣った魚はすべて家へ持って帰って、家で飼っていたニワトリの餌となった。当時はどこの家でもニワトリを飼っていて、子どもはニワトリ小屋から卵を取ってくるのが仕事だったが、ニワトリ小屋へ入るのは大嫌いだった。自分が産んで大切に育てようとしている卵を取りに行くのである。ニワトリだって黙ってはいないはず。追っかけられたり、突っつかれたりと散々な目にあったこともあった。
一度だけであるが、何を思ったのか、釣竿についたままのウグイをニワトリの中へ放り込んでしまった。なんとそのウグイをニワトリが食べてしまって慌てて親を呼びに行き大目玉をくらったことがあった。ニワトリを釣ってしまったのだが、このことはここまでしか記憶に残っていない。

昆虫採集は、捕った虫や蝶をプラモデルの箱に標本にして夏休みの自由研究として2学期に学校へ持っていった。当時、昆虫採集セットなる道具?おもちゃ?があり、「ねむらせるクスリ」と「保存液」の2種類の液体が1本づつ容器に入っていて、これに注射器が1本付いていた。
注射を打つのがまるでお医者さんにでもなったかのような気分でたまらなく快感だった…
この「昆虫採集セット」は今の時代だったら絶対に危険性のある遊び道具だとして、店先に並ぶようなことはないと思う。だけど、まちがって針を手に刺したことはあったような気がするものの、怪我をしたとか、それを人に打ったとかは一度も聞いたことがなかった。

おもちゃがたくさんあったわけでもなく、もちろんテレビゲームなどなく、遊ぶと言ったら、それはすなわち「外」しかなかった。しかし「外」での遊びは、かけがえのない「大切なも」のを子供たちの心の中に宿してくれたのだと思う。時の過ぎるのを気にすることのない、実に伸び伸びとした良き時代だったとつくづく思う。
ランニングシャツに半ズボン。手には虫捕り網。首からは虫取りカゴ。セピア色に色あせつつある当時の一枚の写真の中に、いつまでも忘れてはならない「思い出」がたくさん詰め込まれている。
そして、タケダの頭には、いつも小麦色をした「麦藁帽子」があった。