家族の絆

水田地帯に生きる者にとって、豊作、凶作の基準は当然米の収穫量である。
春、種もみの発芽促進のために、玉ねぎ袋に入れた種もみ(お米の種)を一晩風呂の残り湯に浸けることから米づくりははじまる。少し遅くなり、風呂に入ろうと裸になり風呂場のドアを開けると、タケダが入ろうと思っていた湯船のなかにはドッカリと「種もみ」が入浴している…こんな経験をしたことが何度かある。しまった!と思っても、時既に遅し。さすがに種もみと一緒には風呂に入ろうとは思わなかった。
そして、4月下旬にビニールハウスに もみ まき。ゴールデンウイーク時期に雪が降ってもおかしくない気候である。温度管理、施水管理など時間単位でハウス管理をしながら大切に苗を成長させ、5月下旬に田植えを迎える。

今ではすべて機械での田植え作業だが、「ピシ、ピシ、ピシ、ピシ」と、田植え機の苗をつかんだツメが水をたたく軽快な音は、農耕民族の魂を蘇らさせるかのごとく、心の奥底に響き渡る。そして、水鏡のような水面に映し出された初夏の青空と、早苗の薄緑色の筋とのコントラストは、言葉では言い表し様のない「新鮮で安らぎをもてる心のふるさとのような景色」となり、そこにたたずんでいると思わず大きなため息が出てしまう。

カエルの大合唱にはじまり、オタマジャクシの成長、ヤゴからトンボへの孵化、ゲンゴロウ、アメンボが成育し、サギが飛来、畦には蛍、ひばりの巣、カエルを狙ったヘビなどさまざまな生態系が生まれる水田はまさしく自然の理科教室である。タケダが子どもの頃は、これにドジョウやタニシが加わっていた。
ご先祖様は、水という天然の恵みを生かし稲作を作り上げたわけだが、水田にはここに述べたごとく、他の畑作物にはない「人間が生きる原点の文化」が秘められている。
オホーツク海高気圧の冷たい風の影響をまともに受けるサロマは、冷涼な北海道の中でも更に厳しい環境の中での稲作を余儀なくされ、他の地域が豊作でも豊穣の秋を迎えられないことが多い。だからこそ豊作の喜びは格別なものがあるに違いない。

今でこそ、収穫はコンバインで短期間に収穫し、乾燥工場へ運ばれ乾燥工場から即出荷という工程となり、自分の家で収穫したお米を手に取ることもないが、タケダの小学生、中学生の頃はバインダーという機械で刈り取り、田んぼで稲を乾燥させ、それを畑に運び、ハザキという木で組んだ棚に稲を掛け、更に乾燥させ、小屋に運び込み、脱穀、籾摺り、そして出荷と非常に手間のかかる作業を経てお米ができていたのである。
ちょうどプロ野球日本シリーズの行われる10月中旬頃、ハザキ掛け。真新しい軍手が夜には指が顔を出すほど、夜空に星を仰ぎながら仕事を手伝わされた。

初雪の舞い下りる11月初旬、脱穀。鼻の中も耳の中も真っ黒。小屋に電気をつけて夜遅くまで手伝わされた。
しかし、家族みんなで働いた充実感と、終わった後に父さん母さんからの感謝の言葉に疲れなんか吹き飛んでしまったような気がする。
農業を継ぐことのなかったタケダが自慢するのも変だが、農業は家族みんなの歯車を噛み合わせ、家族の心を一つにすることのできるすばらしい職業だと思う。