学校へ行きたい!

タケダの家では昔から牛(乳牛)を飼っていた。タケダが生まれる前から飼っていたらしい。
牛を飼うと言うことは、朝晩の搾乳、餌やり、糞出しなど365日休むことなく繰り返さなければならないのである。
タケダの小学生低学年の頃は、まだ手搾りの搾乳方法だった。ミルカーを導入したのは高学年になってからだと思う。

タケダも小学生、中学生の頃は毎日牛舎の手伝いをさせられた。
学校から帰ってくると、自宅近くの農道横の集荷台の上においてある、カラの輸送缶(牛乳30リットル程が入る金属製の缶)5本くらいを一輪車に乗せて牛舎に運んでくる。
その後は牛舎で牛1頭1頭にバケツと水道ホースを使っての水やり。当時の思い出であるが、牛にもおとなしい牛とずるがしこい牛がいて、1頭1頭順番に飲ませていくのだが、おとなしい牛は自分の順番をだまって待っているが、ずるがしこい牛は自分の一つ前、つまり自分の隣で大きなバケツに顔を突っ込んでズゥーズゥーとうまそうに水を飲んでいる隣牛のところまで顔を伸ばし、長い舌を使ってバケツをひっくり返すのである。そうすると水がこぼれ流れて一足お先に自分も水にありつけるのである。

今思うと、小学生のタケダもこのずるがしこい牛に馬鹿にされていたのかもしれない。父さんや母さんが水をやっている時は、その牛もおとなしくしていたりして…そう考えると牛もなかなかのものである。
夜、搾乳が始まると、温かいタオルで牛のオッパイ拭き、子牛へのミルクやりなど、自分で自分を誉めてあげたいと思うほどよく仕事を手伝った。

高校生になってからは、野球部に入ったので平日の手伝いはできなくなったが、高校2年生の秋、忘れられない思い出がある。
9月の下旬、それは牛の飼料となるデントコーンの収穫期である。そして9月25・26日は佐呂間のお祭りである。多分25日が日曜日で仕事を手伝い、26日が学校で、放課後友達と露店に出かけて遊ぶ計画を立てていたんだと思う。
25日の夜、「父さんがね、あした学校休んで仕事手伝ってくれって。」母さんがタケダの部屋に来て言った。タケダは思わずガ〜ン!! ウッソ〜学校休めってぇ〜…いつもは毎朝のように目を覚ますと、何とか今日学校を休む方法はないものかと考えるくせに、学校休めって言われると、その瞬間から無性に学校へ行きたくなった。(学校と言うよりはお祭りだと思うが…)

はっきり言って、親の言うことは素直に聞く、おとなしい、農家の長男の典型的な性格のようなタケダだったが、その時だけは不て腐れた。家のことを考えると父さんの言う状況も理解できるが気持ちはやっぱり学校に行きたい。考えれば考えるほど学校に行きたい。夜、布団の中で「学校に行きたい〜」と泣いた。(恥ずかしいが本当に…)
26日月曜日、当然タケダは学校を休んで不て腐れながらデントコーンの収穫を手伝った。デントコーンの切り株がタケダの胸にぶつかり、その痛さに思わず涙が一粒こぼれたが、本当は痛くてこぼれた涙じゃなかった…だって祭りに行く予定の友達の中にタケダの好きな彼女がいたんだから…
ほろ苦く、切ない、青春時代の思い出である…